2012年09月15日

8 バンスリ奏者-ラビ ガンダリとセッション

旅に出ると私は、楽器を持ち帰ることにしている。
この楽器屋に入ったのは、彼がひとり竹の笛に穴を焼きながら、吹いて音を確かめていたからだ。日本の篠笛も好きだが、それぞれの地で育った石や竹は、その音にその地の波動を表現しているなー、と日々感じているから、思い出にもいいし、アジアではどこにでもあって、持ち帰りやすい。是非集めていきたいと思っている一品だ。

たとえば、オーストラリアのディデュリドゥ-は1m以上の大きさで、地底から響いてくるような大地の律動を、日本の縦方向は尺八は、山々に流れる清水の心、高い周波数の小さな横笛は、風、空を突き抜けていくし、ヒマラヤの竹笛、バンスリはどのエレメントと仲間なのだろう・・・?
壁一面に飾ってある大小の笛を眺めながら、ラビにいくつかの笛の音出しをしてもらう。
この人は、空気の波動を知っていて、自分の呼吸をそれに合わせることを知っている人だ、とその音を聞きながら、その伝わってくる彼のテレパシーみたいなものを受け取った。それに合わせて、そこに並べて置いてあったチベタン・ベルでその波動を送り返し、時々目で確認し合いながら、しばらくその会話というか、セッションを楽しんだ。



ラビはここに店を出すまではもともと山奥で生まれ育ち、フォークロアの文化から、自然との共鳴を学んだらしい。あちら側の山奥というと、もうチベットとの境である。西洋の、人の感情に共鳴するメロディーもすばらしいが、タクラマカン砂漠あたりの、風や雲を動かせそうな響きは、やはり神への讃歌という感じがして気持ちいい。たとえばモンゴルのホーミーは喉を震わし、空気を共振させ、その声というか音は1km先にまで届き、動物達までもが寄ってくるという。
波動や共振から、やはり話は神や命、魂について広がり、帰りの飛行機ぎりぎりまでここで、又ディスカッションをすることになる。

山人であった彼は、机の下からドングリのような木の実を出し、皮を剥いてかじり出した。アーユルヴェーダでは、あらゆる木の実、木の皮や葉っぱを食すが、何という偶然か、日本を出る前に私の家の近所に落ちていたドングリを5、6個、お守り袋に入れて、この時も身につけていたのである。それを取り出し、「これは日本のそれと同じだと思うが、苦くて普通は食べないよ。」と、ヒマラヤ産のドングリと取り替えて、お互い食べてみる。
ラビはやはり苦そうにしているが、ヒマラヤ産は少し小ぶりで、まったく苦くなく、ピーナッツみたいだった。  続きを読む


Posted by Shakti at 23:49Comments(0)音楽家

2012年08月09日

7 エベレスト 遊覧



ヒマラヤに何百才や何千才とかいう聖者がいるというのは、地元の人達も信じている。
山には仙人がいて、シャンバラであるこの地にさがしものをみつけにやってくる人は後を絶たない。

カトマンズからポカラへ飛ぶ前に、1時間のマウンテンフライトに予約を入れた。
ヒマラヤ山脈8,800m級の山々の遊覧飛行。

しかし、いつその予約したプロペラ機に乗るアナウンスが入るのか?
時間通りにことが運ばないのは慣れているが、そう広くはない飛行場にプロペラ機が見当たらない。
よくよく聞くと、遊覧予定のプロペラ機が、前の遊覧から予定時刻を過ぎても戻ってこないという。。。まさか!?消息も取れない???
不安な気持ちと、よくわからないシチュエーションに軽く酔いながら空港でのんびり待つしかない。
ひとり旅は、こういうときも同行者に気を使ったりしなくていいから楽でもある。

数時間遅れだが、無事に10人乗り!くらいのプロペラ機に搭乗。
どんどん高度を上げていくが、エベレストはまだまだ高い。
雪をかぶる山々を縫い、その絶景に神を見た。



エべレスト、高さ8840メートルの頂上付近、手を伸ばせば届くほどの距離のところ。
順番に1人づつコックピットからの眺望を堪能できる、すばらしいツアーだ。
山岳地帯では、多少のトラブルがあってもそれはいつものことで、だからそれを回避できる技術があるんだと言って胸を張るパイロットも素敵。
今日は晴天で実によかったと、感謝する。
雪を頂く連なる山々の嶮しさ。
中腹には草木も生えず、谷底の凍てついて蛇行する川などを観ていると、人間を、動物をも寄せ付けない神々しさでいっぱいの心になった。
シャンバラがあっても不思議じゃないし、仙人がいるというのも、本当かもしれない。地上にいると時折出てくる疑いの心も、このときばかりは素直にそれを受け入れたのだ。


宇宙から見て地球のトップポイントというのは、当時イメージしたままのビジュアルだ。〜画像はwikiより〜

次の日の早朝、今度は大地に足をつけ、湖畔から雪を頂くヒマラヤを見た。
やはり昨日の上空から見たのとは違って、その高さゆえの迫力、アンテナ的地場を感じることができる。
この時、初めて山を登りたいという衝動にかられた。もっと宇宙に近づきたい。

シェルパ(山岳民族で、登山のガイドのプロ)達に聞くと、
「チョモランマね、おばあさんでも登れるよ。お金と暇があればね。」と言っていた。
大勢のシェルパを雇い、酸素ボンベを贅沢に用意し、ロープで引っ張ってもらいながら日にちをかけて挑むということだ。
なるほど、高山病のためにも時間をかけるのは必須なのだろうが、相当な費用がかかりそうだ。
宇宙旅行とチョモランマ登頂、同じくらいかかるかもしれない。

ふと、アレイスター・クロウリーが頭をよぎる。
クロウリーがあの時代にK2(標高8,611 m)登頂というのは、やはり信じられないほどの体力と気力、そして魔力?があってのことだったろう。
私には不可能かもしれないが、でもまったく荷物みたいに頂上まで運んでもらうのではなく、できるだけ自分の呼吸や、筋肉や、アンテナで何かを感じたい。
なんて考えながら、湖畔のメインストリートに並ぶ一件のおみやげ屋さんに入った。


  

Posted by Shakti at 19:24Comments(0)エベレスト

2012年07月28日

6 心理学者と占星学者がミクロコスモス&マクロコスモスを考察

チベタン食堂で出会った心理学者のフレミング。
初対面だというのに話がはずみ、心理や真理・宇宙についての気付きを交感することとなる。前回のブログからの続き。

私たちは小さな紙に、ホロスコープや銀河系などの絵を描きながら、やはり一番気になる、この“地球”について考えた。



ヒマラヤ――地球の中で一番高い、まるで地球のアンテナだよね。
宇宙人だって、地球の一番高いこの山が○×△山で、と目印にするに違いない。

話は飛ぶが、伊勢の近くに住んでいる人に、隕石を溶かして作った刀を見せてもらった事がある。
その刀は妖しくにぶく光りを放ち、そしてとても重い短剣だ。
隕鉄は重い。
メテオライトやギベオン、モルダバイトなどと同じで究極のパワーストーン。

刀を作ったその人は、隕石ハンターから聞いたというこんな話をしてくれた。
「隕石は、モンゴルなどの平原や砂漠に多く落ちるという。隕石ハンター達の話によると、都市部のように地球の磁場がアスファルトなどでカバーされていると磁力が弱くなるから、隕石は、より強い引力の方へ引っ張られ、平原などに落ちるのだ。」

というように、低い都市部よりも山、高ければそのぶん宇宙線やインスピレーションを受信しやすいはずだ。
だから昔から、真理を求める隠者は山で修業し、世俗を避けつつ天空に周波数を合わせたのではなかろうか。
英語で言うとThe Earth、電化製品とかのアースは電気を逃がす目的で使っているが、地球だって、それをほかの方向に流す役目もあるのだろう。

世紀末論を考えるとき人は、地球までも含めてどうにかなっちゃうのかと自然に考えれるのに、ふだんはただ大地、という認識の方が上回っているように思える。
アストロロジーでさえ、遠い太陽や木星、土星などのキャラクターは事細かに語っているけれども、この地球について性格や意味の定義を表出していないようだ。
私もこの意味をかねてから考えていたのだが、この話がどこまでも広がり、つい太陽系を離れ、時間は数千年単位になり、夕食を食べたりしている間に夜10時になってしまった。

ディスカッションの締めくくりに、お互いの“地球”を定義してみようということになった。

私は、ミラクルをクリエイトできる“ミラクルボール”(ドラゴンボールみたい?)として、フレミングは一言“マジック”だとした!

そこで、マジックとは?という次のタイトルにぶつかるが、今日はここまでとして、お互いのaddressを交換し、何か発見したらメールで送り合おうと約束して別れた。

そしてようやく宿を探してチェックインをすませ、部屋に入った。
お香に火を灯け、明日見られるであろう風景を想像しながらベッドに転がり込む。

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Posted by Shakti at 22:21Comments(0)心理学者